アメリカの学生はなぜあれほどにもラフな格好なのか?

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日本の大学は学生にとって比較的なフォーマルな格好をするところです。女性であればしっかりとメイクアップをしてから大学へ向かいます。

個人差はあるにしても寝巻きで大学へ向かう学生を見ることはほとんどないですよね。

「近所のコンビニに行くにしても服を着替えてから」「化粧をしていないから誰とも顔を合わせたくない」といったことも耳にします。

そんな日本のファッション文化に慣れ親しんでいた私にとって留学をし始めてから見たアメリカの大学生ファッションには驚きを隠すことができませんでした。

アメリカの大学生ファッションの例を含め、私なりに日米の文化を分析して見ます。

アメリカのラフなファッション文化

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私は結構フォーマルなファッションが好きで、ワイシャツを着て、それにセーターを合わせ、コートを羽織るといった格好をよくします。下はスエードのブーツにジーンズが多いですね。

日本であればよく見るファッションですが、アメリカでこのような格好をすると浮きます。笑

大学内では半数以上がジーンズにパーカー

大学構内を探しても、こういった格好をしている生徒はほとんどいないです。割合で言ったら5%以下といったところでしょうか。

基本的にアメリカでは、大学でも友達と出かけるときでも、ファッションはラフな感じがあります。

生徒の多くはジーンズにパーカー、もしくはジャージを着て授業に参加しています。しっかりとした格好をしていくのはパーティ、クラブ、デートのときくらいです。

アメリカに来た当初かなり驚いたのですが、今はこれに慣れてしまい、私もかなりラフな格好をするときがあります。

今この記事を書いている私も寝巻きとして使っているスエットパンツに上はランニング用のシャツとパーカーを着ています。

日本であれば近くのコンビニ行くときのみに着ていけるといった格好です。

化粧をしないアメリカの女子学生

加えて80%の女性は化粧をせずに大学へ来ています。

日本では信じられないことですが、バッチリ化粧をして大学に来ているとパーティーか、デートにでも行くのではないかと勘違いされるくらいです。

なぜアメリカでは服装に気をかけないのか?

なぜアメリカでは服装に気をかけないのか2つの理由を考えてみました。

  • 交通機関
  • 人と違うことが当たり前の文化

アメリカと日本の大きな違いになってくるのが交通機関です。日本ではバス・電車といった公共交通機関が発達しているのに対し、アメリカは車のような個人での移動手段が主流です。

そしてもう一つはそれぞれの文化の違いが挙げられます。日本には他人と違うことをすることは避けたいという考え方がありますが、アメリカでは違うことは良いことです。

交通機関

公共交通機関が発達した日本

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日本であれば大学に向かうときにほとんどの学生がバスや電車など公共交通機関を使います。つまり自分自身を赤の他人の目にさらす機会が多いということです。

そのため学校に行くためだとしても気をぬいた格好はできません。

車社会のアメリカ

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一方でアメリカではキャンパス内の寮に住んでいる学生を除いてすべての学生が車をつかって通学しています。

家を出てすぐに車に乗り込み、学校では向かう教室の一番近くの駐車場に駐車し、クラスが終われば

ということはどこかコンビニにでもよらない限り、大学と家の行き来にしかなりません。

ですから他人の目を気にしてしっかりとした服装をする必要がないのです。

文化の違い

「和」を大切にする日本

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日本には「」という言葉があります。私たちはこの考え方に基づき、お互いの考えを理解しあい協力しあう土壌が出来上がっています。

他人と同じ考えを持っていることや、協力して物事に取り組むことは悪いことではありません。むしろいいこととしてみなされます。

一方でこの「和」というのは協力を生み出す一方で、その「和」に当てはまらない人を強く阻害することにもつながります。逆に他人とは違うことをしていると、「和」を乱す奴として煙たがられたりしますね。

ことわざにもありますが、日本では出る杭は打たれるんです。

服装に関しても同じことです。中学高校では制服というものが決められていて、部活動ではチームのユニフォームに着替えます。

友達と街に出かけるときにはどうでしょう。特に目立つ派手な色を着ている人がいたら、他の人と違うと目に止まると思います。

違うことが当たり前のアメリカ

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一方でアメリカでは違うということは悪いことではありません。

アメリカは移民の国です。一つの民族だけで成り立っている日本とは根本が違い、様々な人種・異なる考え方を持っている人たちで国が構成されています。

違う考え方を受け入れることは彼らにとって当たり前のことです。

異なる考えにいちいち拒否反応を起こしていたら、とてもじゃないけど時間が足りません。他人に合わせるための基準となるものもなければ、余裕もないわけです。

だから生徒たちも他の人がこういう格好をしているから私も合わせなきゃといったことがないのです。

ラフな格好をすることの利点

(追記:2016/08/22)

最近読んでいた「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である」という本で、関連することが書かれていました。

「世界の偉人はいつも同じ服を着ている」ということが一部で知られています。

それは彼らが日常のささいな決断の数を減らそうとしているからだそうです。

会社の経営や政治に関わる重大な決断をするときに脳が疲れないよう、無駄な決断をしないようにしているのだそうです。無駄な決断とは、ここでは服選びのことを指します。

心理学では、決断や意思決定をする際に減少する気力のようなものを「認知資源」という名前で呼んでいます。この言葉を使うと、つまり世界の偉人は、認知資源を経営や政治のために温存しているということになります。服選びなどのつまらない決断で疲れるのを避けようというわけです。

(引用:中島聡「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である」)

私はここに書かれていること完璧に合意するわけではありません。

なぜならファッションは娯楽であり、自分を表現するための一つの方法です。疲れるか疲れないかではなく、楽しいから服を選んでいるのです。

ですが、時間を節約するという観点から見ると、ラフな格好をするというのは理にかなっています。

例えば、日本では家を出る前に鏡の前で化粧や髪型を整えるために何十分も時間を費やす大学生がいます。これは時間を節約するという観点で見たらこれは賢いこととは言えません。

ラフな格好をすることも同じことです。

タンスの一番手前にある服をただ無造作に引き出して、それを着てしまえばこんなに楽なことはありません。

アメリカ人がラフな格好をしているのは、もしかすると時間節約のためなのかもしれませんね。

まとめ

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協力することはもちろんいいことです。

アメリカでの生活では「和」を知っている同じ文化を持った物同士ではないので苦労することもあります。

ですが私はアメリカの「出た杭でも打たれない文化」がとても好きです。他人と違ったっていい。どんなことをしても、どんな格好でも、どんな考え方でも持つことができます。それってすごく自由なんです。

これが服装の違いから感じた私の意見です。みなさんはどう思いますか?

アメリカで生活し、文化の比較をする中で見えてきた日米の自己肯定感の違いを考えてみました。

自己肯定感の低い日本人。なんでそんなに他人との壁を設けるの?
自己肯定感の低い日本人。なんでそんなに他人との壁を設けるの?

この本に書かれている時間管理の考え方は、アメリカの大学での多忙なスケジュールをこなしていく中でも参考になります。